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生活的道楽 奥井禮喜(ライフビジョン代表) 《↑前のページあり》
英エコノミスト誌がトランプの経済政策を批判する原稿の冒頭に「トランプは16世紀の英国暴君ヘンリー8世と同じだ」と書いた。 ヘンリー8世は、ローマ教会と断絶し、イギリス国教会の首長となり、修道院を解散して土地を没収した。海軍を育て、絶対王政を確立した。 『英国史』でアンドレ・モロア(1885〜1967)は「嫌悪の感情抜きでヘンリー8世の治政を研究できない」と書いた。 カトリック信仰を否認しなかった、『ユートピア』の作者で大法官のトマス・モア(1478〜1535)を斬首、6人と結婚したうちの2人も斬首した。プロテスタントに対する弾圧もやった。陰惨な治政であった。 エコノミスト誌はトランプを最大の表現で痛罵したのである。 モロアの『英国史』を再読してみた。ヘンリー8世時代のイギリスの人々は、ひたすら生活の安定を求め、社会のことには無関心で、そして権力を恐怖していたとある。 暴君の登場を許すのは古今東西どこでもいつでも同じだと思うのである。
モリとカケの背任行為は、まあ、ほとんど証明されたようなものだ。 「隠れた美しい行為はもっとも尊いものである」(パスカル『パンセ』) ――隠した汚い行為はもっとも軽蔑すべきものである――と、わたしは思うが、さらに言い逃れようとするのだから、もはや、政治屋としても堕ちるところまで堕ちているとしか言えませんねえ。
国連特別報告者マルタのケナタッチ氏の書簡は、まことに理路整然としたものであり、当然ながら、議会で真っ当な審議をしていない政府与党のやってきたことを批判するものでもある。 首相を筆頭として説明責任を果たす能力がないのか、さまざまの局面で時間だけ費やしても審議の中味が伴わないものが多過ぎる。 はっきりいって、書簡を読めば、日本国がデモクラシーどころではなくて、ほぼ明治時代に逆流していると言うしかない。 いや、明治時代でも条約改正に情熱を燃やしていた当時は、国際的に後ろ指刺されるようなことはしなかったから、明治よりももっと無知蒙昧時代へ戻っているというしかない。 戦後のデモクラシーの時代に生まれた首相が、デモクラシーを破壊するために躍起になっている。共謀罪を適用するべきは、首相一派である。
ちょっと買い物に渋谷まで。暑いのでバスにするか。タイミングよく東急本店経由のバスが来た。ドライバーが荒っぽいというか下手というか、ブレーキの踏み方がよろしくない。 買い物は順調に終わって、歩くかと思っていたら、また都合よくバスが来た。この時期、クーラーが効いていて助かる。 あれ、往路のバスと同じだ。ドライバーのブレーキの踏み方でわかった。それにしても、下手ですねえ。
詩人・金子光晴(1895〜1975)の詩は、いま味わっても、まことに斬新そのもので、時の流れをほとんど感じさせない。 『どくろ杯』(1971)という自伝の文章も、言葉が立ちあがっている。 ――大正の自由思想をふんだんに呼吸して、明治人からすれば骨抜きになった人間である代わりに、善を善、悪を悪と決めることのできない懐疑思想をその身につけて、それはそれなりに良心だと思い込んでいる人間の一人のつもりであった―― この一行に、ヨーロッパから入ってきた哲学・思想と格闘した姿を想像する。 それにつけても、昨今の社会的気風の軽薄さに、改めて先人の努力に対して低頭せずにはいられない。 《以前の記事あり→》 ※感想をお寄せください‥‥ E-mail: office.com |